NHKの受信料については以前から支払いを拒否する人が存在していたが、2019年4月の参議院選挙ではNHK受信料を払った人だけがNHKを視聴できるようにする制度を主張する政党が選挙に立候補し、結果的に比例代表で1名が当選した。
しかしながら、NHKの番組を視聴するか否か、受信料を払うか否かという観点だけからこの問題を見るのは視野が狭く、公共放送の意義やあり方から考察することがより重要だと考える。
放送事業の形態については、4種類の形態があると考えられる。1つは企業の広告放送を収入源とする民間放送であり、現在NHK以外の多くの放送事業が存在する。この民間放送の問題点としては、広告収入を前提とするためにスポンサーとなる企業の意向に配慮せざるを得なく、結果として高い視聴率を得るために視聴者に迎合するような番組制作となりやすいことがある。極端な場合には、実際にはないことを演出して放送する「やらせ」番組にまで至ることがある。
2つ目の放送形態は、視聴者が放送内容に対して料金を支払う有料放送である。スポーツ専門チャンネル、映画専門チャンネルなど多くの有料放送が存在するが、視聴者は自分の見たい番組にたいして納得して料金を支払っているため、特に問題はない。NHKのBS放送は総合的な有料放送チャンネルと言える。
3つ目の放送形態は、国営放送である。国営放送では、国会中継など国民に公開すべき内容や国民の教育や健康に望ましいと考えられる内容を放送することが目的であり、視聴率よりも放送の質を重視して番組制作を行うことができる。但し、政府による運営であるため、政府に批判的な意見など政府にとって好ましくない情報は報道されにくくなる。NHKは、その予算が国会で承認されるという側面から考えると、この国営放送的性格を持っていると言える。
4つ目の放送形態は、現在は純粋な形では存在しないが、国民がその費用を負担する公共放送である。この放送形態では、民間放送のようにスポンサー企業による影響を排除することができるとともに、政府に批判的な報道も可能となる。この場合、受信料は番組を視聴する代金として考えるよりも、企業や政府の影響を受けない公共放送の存在の必要性を認めその運営を継続させるための費用と考える方が健全であり、受信料をこのように解釈すると「見ないから払わない」というような安易な主張を退けることができる。NHKは、その受信料から考えるとこの3つ目の放送形態の側面ももっていると考えることができる。
NHKは、国営放送的運営形態とこの純粋な公共放送的運営形態という両方の側面をもっているが、国営放送と純粋な公共放送とは、政府の影響を受けるか否かという観点で明らかに矛盾点をもっており、実際的にも放送内容や人事に関して政府の関与が疑われるような事例がいくつか認められている。
NHKはこのように事業体形態自体に矛盾を抱えているが、最近は事業形態だけでなく実際の運営においても疑問を感じる場合が多い。その一つは低俗な娯楽番組と、視聴率や話題作りを意識したと思われる内容を誇張した番組制作である。視聴率を意識して番組を制作すると、NHKの番組が民放局の番組と同様になる傾向を生ずる。この傾向が進むとNHKに対して受信料を支払うことの意義を見失わせるのではないかと思う。スポーツの報道において、実況アナウンサーが日本チームの勝ちだけを意識した連呼を行うことがあるが、これはスポーツ報道のあるべき姿とは思えず、偏狭な国粋主義を助長する懸念がある。また、番組制作に巨額な費用を使ったと思われるものも散見されるが、受信料を支払う人がどれだけ納得するだろうかと疑問を抱く。更に、視聴率を上げるためか渋谷駅構内に時折NHK番組の広告が掲示されるが、自分の「受信料」が番組広告に使用されるのを納得する人は少ないのではないかと思う。
個人的には、NHKの国営放送的側面と純粋な公共放送的側面を分離することが望ましいのではないかと思う。分離方法についてはいくつか考えられ、事業体として完全分離する方法以外に、基本的には純粋な公共放送事業体としてその中で一部政府の国営放送的番組を可能にするという方法も考えられる。事業体の見直しに際しては、現在NHKが行っている技術開発を純粋な公共放送事業体に含めるか否かなど、各種事業についての見直しも必要になる。
尚、現在NHKの番組や運営などについて識者の意見を反映させる場は設けられており、また、一般視聴者もwebサイトなどを通して意見を述べることが可能ではあるが、純粋な公共放送として運営していく場合には、予算の承認に相当するような、視聴者の意見をより確実に運営に反映させるような仕組み作りが必要だと考える。
個人的には以下のような制度が有効ではないかと考える。この制度では、放送内容や運営方法に不満のある人は、NHKに意見書を提出することとし、この意見書を提出した人は年間の受信料が半額免除される。半額の意味は、公共放送の存在意義として半額は支払うが、実際の放送番組には価値を認めないので、残りの半額の支払いは拒否するということである。但し、意見書の内容は第三者機関が審査し、「見ていないから」とか「つまらない」などといった安易な意見は半額免除の対象から除外する。意見の内容や集計結果などは原則webサイトなどで公開する。この制度では放送内容などに問題が生じてきた場合には意見書の数が増加しNHKは収入が減少するためにその意見を無視することができなくなる。この制度により安易な不払いは出来なくなるとともに、視聴者の意見を反映する仕組みづくりが可能になるのではないかと考える。